x.x.x.x

| HOME | FrontPage | 記事編集 | RSS |

心の余裕   思想

漏れたちが仕事でLinuxのシステム自体を触る時は八割がトラブル対応、趣味でLinuxのシステム自体をさわる時はいつも何かに急かされていた。早くサーバを復旧させないと、どっかの不愉快な遠隔監視サービスに見つかって永遠にログが残るみたいな。今回は本番機が動いている中での作業なので全く何にも急かされない。今ここにあるのは風邪ひいてるんだから早く寝なさい程度の些細な懸念のみです。急かされた中でやると 「これはどういう仕組みなんだろう?」 的な疑問を都度調査する余裕が無い。この余裕だけは必ず持たないと知識や経験が増えて行かない。逆にそういった余裕さえあれば、一通り構築が終わった頃には全てを理解しています。

古来チャリンチャリンチャリンチャリンを生むと言います。あれも余裕のなせる業ですよ。発想や見識も余裕から生まれます。偉人が決まって景観の美しい土地から生まれるのも、景観が安らぎ(余裕)を与えたからでしょう。すなわち心が貧しくなると発想まで貧しくなるということです。発想が貧しければ生活も貧しくなります。べつに今回の大盤振る舞いは余裕を持ちたかったのではなく、本当に純粋にErlangをブン回したかっただけだけど、結果として余裕が生まれた。この最新PCは今の漏れにとって実際あってもなくても良いようなものです。

「あらやだ。無駄が面白いのよ」

というのは、つまり無駄の中に潜在する余裕であるとか、余裕につながる無駄が大切なんであって、無駄によって余裕がなくなるのであれば、その無駄はやはり好ましくない。綺麗な心で、偉大なものだけを見て、余裕を持って生きて行こう。暇を持て余して(いや決して暇ではないけども)昨日もやったけど、愚民なんていくらでも泣くほど叩けるんだよ。でもそんなアホなことばかりやっていると必ず何かが落ち始める。

「貴方が深淵を覗く時、深淵もまた貴方を見ているのだ。」

ニーチェのこの言葉もきっとそんな意味です。日本が戦後民主主義体制でさえなければ、下を見る必要は全く無いし、全く興味の対象にならないけどね。戦前民主主義においては下には発言権が無かったから。

BlogMode speed member / 2008.10.15 01:47

These pages are designed for NN7 & IE6.
BBSWiki ver.1.50 Final blogmode.
Copyleft (!C) 2005-2007 SUICIDE BLONDE JP.
All Lefts Reserved.

Valid XHTML 1.0 Strict Valid CSS!